建物の賃貸借
契約というものは締結したらそれに従うことが原則です。しかしながら事業者が作る契約書は,小さな字で細かく書いてあり容易に全ての内容を理解することは難しく,個々の内容について修正を求めても応じてもらえることは多くはありません。
事業者の提示する契約内容に応じるか応じないかの選択肢しかないという現実を踏まえると,契約書に書いてあるからすべてそれに従わなければならないとすることは紛争の解決方法としては妥当ではありません。
契約書にサインをしている場合でも,契約の内容について事業者から説明がされていないという理由で契約の効力を否定する(合意が成立していないとする)判決がだされることもあります。契約書に書いてあるからといってあきらめないことが肝心です。
以下のQ&Aは建物の賃貸借から生じる紛争に関して,解決のための手がかりの一部を一般的に説明しています(消費者が事業者から家賃を払って借りている場合を前提にしています)。実際の紛争解決の場面では個々の事情により解決方法が異なることもあり得ますのでご注意下さい(当協議会では不定期に電話相談会を開催しています)。
Q1 賃貸借継続中(入居中)の費用負担について
建物を使用収益させる義務を負っている貸主が修繕費用を負担するのが原則です(民法601条・606条)。
備え付けのヒューズが壊れたといった小さなものから,屋根が壊れて雨漏りがするというような大きなものまで,いずれも使用収益に支障がありますので,貸主が修繕義務を負うことになります(特約がない場合)。
他方,畳が傷んできたから交換して欲しいという請求は,使用収益に支障がなく貸主に修繕義務がないと判断され,認められない可能性が高いでしょう。
借主の故意・過失により(使用収益に支障がでるほどの)修繕が必要となった場合は借主が自ら修繕するか,あるいは貸主が修繕した費用を借主が負担することになります。
- 特約がある場合(大修繕について)
- 屋根を修理するというような大規模な修繕(大修繕)については,特約によっても借主の負担とすることはできません。建物を賃貸している貸主の本質的な義務として当然に導かれるものです。
貸主が修繕しない場合は,借主が修繕してその費用を貸主に請求することになります(民法608条)。 - 特約がある場合(小修繕について)
- 備え付けの電球・ヒューズを交換するような場合(小修繕)については,特約で貸主の修繕義務を免除することが認められます。仮に「入居後の大小修繕は賃借人がする」というような定め方であったとしても,その規定は貸主の修繕義務を免除する趣旨にすぎないと解されます(最一判昭和43年1月25日裁判所サイト)。
入居中に小修繕を行うかどうかは借主の自由ですが,借主には「善良な管理者としての注意」をもって建物を保存する義務がありますので(民法400条),小修繕を怠ったことで建物の損害が拡大した場合はその分の修繕費用を借主が負担することになります。
Q2 賃貸借終了時(退去時)の費用負担について
レンタカーを借りると,走行距離に応じてオイルが汚れたり,タイヤがすり減ったりするわけですが,返却時にその分の費用を請求されることはありません。賃貸借というのはそういった通常の使用による損耗(通常損耗)を考慮した上で賃料が定められていると理解されています。借主の故意・過失による事故が原因でレンタカーを傷つけた時には,当然,修理しなければなりませんが,これが「原状回復」という言葉の意味になります。
建物の賃貸借も同様です。賃貸借が終了したら,借主は建物を「原状回復」して貸主に返還するわけですが,畳や壁紙を新品にして返還する必要はありません(オイルやタイヤを新品にして返還しないのと同じことです)。返還時に借主の故意・過失による損耗を修繕すれば足りることになります。
「返還時に借主が費用負担するのは故意・過失による損耗だけ」というルールは,法律上,明文で規定されているわけではありませんが,最二判平成17年12月16日裁判所サイトは,以下のように判示して返還時における通常損耗の修繕は貸主負担が原則であることを明言しました。
- 「賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである」
- 「建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の回収は,通常,減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている」
返還時おける通常損耗の修繕費用を借主負担とする特約について
- ①民法90条により無効とするもの
- 大阪高裁平成16.7.30
- ②消費者契約法10条により無効とするもの
- 大阪高裁平成16.12.17(消費者法ニュース63号92頁,他多数)
- ③特約自体が成立していない(合意が成立していない)とするもの
- 最二判平成17.12.16(上記判例)裁判所サイト
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」によれば特約が成立するためには以下の要件が必要とされています。
- 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて 認識していること
- 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
Q3 敷引特約について
敷金 | 敷引額 | 礼金・更新料 | 家賃 | 契約期間 | |
---|---|---|---|---|---|
40万円 | 下記のとおり | なし・1か月分 | 9万6000円 | 2年間 | |
退居までの経過年数と敷引額 | |||||
1年未満18万円 | 2年未満21万円 | 3年未満24万円 | 4年未満27万円 | 5年未満30万円 | 5年以上34万円 |
|
敷金 | 敷引額 | 礼金・更新料 | 家賃 | 契約期間 |
---|---|---|---|---|
100万円 | 60万円 | なし | 17万5000円 | 2年間 |
|
敷金 | 敷引額 | 礼金・更新料 | 家賃 | 契約期間 |
---|---|---|---|---|
50万円 | 40万円 | なし | 9万3000円 | 不明 |
|
敷金 | 敷引額 | 礼金・更新料 | 家賃 | 契約期間 |
---|---|---|---|---|
35万円 | 30万円 | 不明 | 5万8000円 | 不明 |
|
Q4 更新料について
最高裁判所第二小法廷は,平成23年7月15日,更新料特約につき「高額過ぎなければ有効」と判断しました。
- 更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができる。
- 更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。
- 更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。
- 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載」され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する「明確な合意が成立」している場合でなければ,異なった結論になることも考えられます。
番号 | 地方裁判所 | 高等裁判所 | 最高裁 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
A | 京都地裁20.1.30 | 有効 | 大阪高裁21.8.27 | 無効 | 23.7.15 | 有効 |
B | 大津地裁21.3.27 | 有効 | 大阪高裁21.10.29 | 有効 | 23.7.15 | 有効 |
C | 京都地裁21.7.23 | 無効 | 大阪高裁23.12.13 | 有効 | 24.7.30不受理 | |
D | 京都地裁21.9.25 | 無効 | 大阪高裁22.2.24 | 無効 | 23.7.15 | 有効 |
E | 京都地裁21.9.25 | 無効 | 大阪高裁22.5.27(確定) | 無効 | ||
F | 京都地裁21.9.25(確定) | 無効 | ||||
G | 京都地裁22.9.10 | 有効 | 大阪高裁23.3.18 | 有効 | 23.9.9 | 有効 |
H | 京都地裁22.9.16 | 無効 | 大阪高裁23.11.17(確定) | 有効 | ||
I | 京都地裁22.10.29 | 有効 | 大阪高裁23.4.27 | 無効 | 上告中 | |
J | 京都地裁22.12.22 | 無効 | 大阪高裁23.10.27(確定) | 有効 | ||
K | 京都地裁23.3.24 | 無効 | 大阪高裁23.12.6(確定) | 有効 | ||
L | 京都地裁23.3.30 | 無効 | 大阪高裁23.9.16(確定) | 有効 | ||
M | 京都地裁23.3.30 | 無効 | 大阪高裁23.11.1(確定) | 有効 | ||
N | 京都地裁23.10.13 | 有効 | 大阪高裁24.3.8 | 有効 | 24.9.14不受理 | |
O | 京都地裁23.10.25(確定) | 有効 | ||||
P | 京都地裁23.10.28(確定) | 有効 | ||||
Q | 京都地裁23.10.28(確定) | 有効 | ||||
R | 京都地裁23.11.9(確定) | 有効 | ||||
S | 京都地裁23.11.11(確定) | 有効 | ||||
T | 京都地裁23.11.22(確定) | 有効 | ||||
U | 福岡地裁23.11.22(確定) | 有効 | ||||
V | 京都地裁23.11.24(確定) | 有効 | ||||
W | 京都地裁24.1.17 | 有効 | 大阪高裁24.6.29 | 有効 | 上告受理申立中 | |
X | 京都地裁24.2.16(確定) | 有効 | ||||
Y | 京都地裁24.2.29 (年間賃料の2割超を無効と判断) |
一部無効 | 大阪高裁24.7.27(確定) | 有効 |
上記の表は賃貸マンション更新料問題を考える会のサイトを参考に作成しました。
Q5 礼金について
家賃 | 契約期間 | 礼金 | 入居から退去までの期間 |
---|---|---|---|
6万1000円 | 1年間 | 18万円 | 7か月弱 |
|
家賃 | 契約期間 | 礼金 | 入居から退去までの期間 |
---|---|---|---|
3万円 | 1年間 | 12万円 | 1か月強 |
|
Q6 賃料支払義務(民法601条)違反により退去を求められています。
家屋の賃貸借において賃貸借を解除(解約告知)するには,他に特段の事情がないかぎり,民法第541条所定の催告を必要とするのが判例です(最三判昭和35年6月28日)。 相当の期間を定めた催告期間が経過しても賃料支払いができなかった場合に解除(解約告知)権が発生することになります。
しかしながら,売買などと違い継続的な契約である賃貸借契約の場合に,たった1度の賃料未払で催告解除を認めるのは,賃借人の酷な結果となりかねません(賃料の支払をうっかり忘れてしまうこともあり得ます)。
賃料の不払をもって賃貸借の基礎たる信頼関係を破壊するものとは認められないとして,賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除が許されなかつた事例(最二判昭和43年6月21日)があるとおり,建物の賃貸借契約においては,貸主借主間の信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があることを借主が立証すれば,貸主の解除権行使が制限されるとするのが判例となっています。
また,1か月分の賃料の遅滞を理由に催告なしで契約を解除することができる旨を定めた特約条項は,催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合には,催告なしで解除権を行使することが許される旨を定めた約定として有効と解するのが相当であるとした判例がありますが(最二判昭和43年11月21日),特約の有効性の判断にあたっては,「催告をしなくても不合理とは認められない事情」が厳しく判断されることになります。上記同様,信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があることを借主が立証すれば,特約は無効とされます。
いずれにせよ,賃料の支払は借主の最大の義務です。
家賃の滞納があった場合,解決を先送りにすることは致命的になりかねません。家賃が支払えない理由は様々です。周りに相談することが解決への糸口になります。家賃の滞納があった場合は,ただちにご相談されることをお勧めします。
Q7 用法遵守義務違反(民法616条,594条1項)により退去を求められています。
賃貸借は当時者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約です。賃貸借の継続中,当事者の一方に,その義務に違反し信頼関係を裏切って,賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあつた場合には,相手方は,民法第541条所定の催告を要せず,賃貸借を将来に向つて解除することができるものと解すべきとするのが判例です(最三判昭和27年4月25日)。
したがって,用法遵守義務違反があっても信頼関係が破壊されていない場合は解除が認められないことになります(一日で撤去できる程度の無断増築:最二判昭和36年7月21日)。
Q8 無断転貸(又貸し)を理由に賃貸借契約解除を求められています。
民法上は解除事由に該当します(民法612条)。しかしながら建物は人が寝食する場ですので,これを厳格に解すると借主に非常に酷な結果となります。そのため以前から,貸主の解除権を制限する方向でこの条文は解釈されてきました。「信頼関係が破壊されたかどうか」という形で解除の可否が判断されるようになっています。
誰に又貸しをしたのかが問題になるでしょうが,例えば,親族間における無断転貸であれば,貸主に対して背信性もなく信頼関係が破壊されたとは言えませんので,解除はできないと考えられます。なお信頼関係が破壊されていないことの証明は借主が負うとされています(最一判昭和41年1月27日)。
また「無断転貸があった場合は即時に解除できる」というような特約があった場合でも同様に信頼関係が破壊されたかどうかにより判断されます(最一判昭和44年2月13日)。
Q9 更新拒絶(解約申し入れ)と正当事由
契約期間の定めがある場合で貸主から更新拒絶するためには,借主に対して契約終了の1年前から6か月前の間に通知をしなければなりません。契約期間の定めがなければ,貸主の解約申し入れから6か月経過後に契約は終了します。
ただし,更新拒絶または解約申し入れが認められるためには「正当事由」が必要です(借地借家法26条,27条,28条,附則12条)。
- 正当事由とは・・・
- (主たる要素)
貸主及び借主の建物の使用を必要とする事情
(補完要素)
建物の賃貸借に関する従前の経過
建物の利用状況及び建物の現況
立退料の申出
これらを考慮して正当事由の有無が判断されます。
「貸主の建物の使用を必要とする事情」を主たる要素として考えますので,補完要素である「立退料の申出」のみでは,正当事由として認められません。
正当事由が認められるかどうかは,最終的には裁判所の判断に委ねられますが,「貸主の建物の使用を必要とする事情」というのは,「貸主(またはその周囲の方)が住む」ということが観念されており,「敷地を売るため」というのは正当事由としては,原則としては認められないものと考えられます。
Q10 立退料について
正当事由の補完要素として考えた場合の立退料の金額ではなく,貸主から立退料の提示を受けて任意に明け渡すことを前提とします。
立退料は法的に根拠があるものではありませんので,当事者が合意できればいくらでもよいことになります。算定方法としてはたくさんありますが,ここでは一つの目安として公共事業の例で考えてみます(一例ですのでこうでなければいけないということではありません)。
「千葉県施行の公共事業に伴う損失補償基準」によれば,借家人に対する補償として次の2つをあげています(34条)。
- 建物を現に賃借りしている者が新たに当該建物に照応する他の建物を賃借りするために通常要する費用
- 従前の建物の賃借料が新たに賃借りする建物について通常支払われる賃借料相当額に比し低額であると認められるときは、賃借りの事情を総合的に考慮して適正に算定した額
抽象的な規定ですが,具体的には,次の3つの合計額を立退料の算定の基礎とすることが考えられます(立退料の最低ラインというイメージでしょう)。
- 引越費用
- 転居先の敷金・礼金等(契約費用)
- 2年分の差額家賃(2年更新の物件が多いこと等から2年分とされることが一般的です。)
この他転居先がご自身の希望にあうということを条件にしたいところです。
貸主から明渡しを求められたときは,立退料を条件に明け渡すことも一つの選択肢です(もちろん正当事由がなければ明け渡す義務はありません)。充分に検討して判断してください。
なお転居となると,新たな契約に際して保証人の問題もでてきます。最近は保証会社も増えてきていますがこれについては後述します。
Q11 定期建物賃貸借(定期借家)について
契約の更新がない賃貸借です。平成12年3月から導入されました。
「更新」があり得ませんので期間満了後は契約終了となります。当事者間の合意で「再契約」することはあり得ますが,「再契約」をするしないは貸主の自由ですので,継続的に住むには不安定な契約形態です。
なお初回契約が平成12年3月より前の賃貸借は当事者が合意しても(従前の契約を合意解約しても),定期賃貸借契約に切り替えることはできません(良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法附則3条)。
Q12 保証会社の倒産
2008年に入ってウィル賃貸保証(大阪),リプラス(東京)等の保証会社が経営破綻しました。
保証会社については法規制もなく実数も実態も不明です。保証会社が倒産した場合,保証会社に支払った保証委託料は戻ってこない可能性が高いでしょうし(返還請求はできますが事実上取り戻せないという意味です),賃貸借契約の内容によりますが,貸主から新たな保証人を探すように要求されることになってしまいます。保証会社に保証委託する場合は充分に検討してください。
また家賃の滞納があった場合,保証会社から請求されることになりますが,法規制がないため請求が過酷になりがちです。
トラブル事例と対応策などについては下記サイトを参照ください。
国土交通省「家賃債務保証の契約や業務の実施に当たって留意すべき事項」
東京都「家賃保証をめぐる消費者トラブルの防止について」
Q13 相談事例サイト
トラブル事例を集めたサイトがあります。参考にしてください。
不動産トラブル事例データベース(財団法人不動産適正取引推進機構)